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探偵社が軍警から引き受けた依頼は、一応は荒事の捕物ではあったれど。
相手陣営にどうやら異能力者はいないらしいと踏んで、関心が無くなってしまった太宰さん。
乱歩さんも鏡花君を護衛に別件へ向かっていて、裏読みや先読みが得意な顔ぶれが手薄なのをいいことに、
国木田、敦、賢治ちゃんの実働班3人で十分でしょうと
一応は水をも漏らさぬ手配となった配置と作戦、
軍警サイドの面々へも魔性の微笑み付きでしっかり刷り込んでおいて、
ご本人は ちゃっかりとサボリングしちゃっており。
そんなおさぼりのついで、
愛しの愛弟子ちゃんの居場所をとっとと突き止め、
見ぃつけたと眼前へ現れた…という順番だったそうで
頃合いとして丁度良かったのでと、適当なカフェに入って昼食をとる。
黒獣の姫の相変わらずの小食を見越しての店選びらしかったが、
食事とそれから、此処はパウンドケーキが美味しいの、
無花果のもあるんだよ?と しっかと食べるように勧めてくる。
メインにフィットチーネのクリームソース、
小さめに切り分けられたミックスサンドをシェアして食べようと、
スコーン付きの香りのいいアイスティーを添えてオーダー。
ウェイターさんが去った後のしばしの静寂、with 周囲に淡く広がる談笑付き…へと放り込まれて。
小食なのをいいことにあまりこういう店には入らない黒の姫、
なので こちらへそそがれる視線や好奇心の気配、小さな背中で全て広い上げんと
ついつい日頃の習いを引っ張り出してきて過敏になりかかったが。
テーブルの上、無造作に置いていた手へ柔らかい感触が触れてはっとする。
そんな気配もないままに、向かい側に坐していた姉様が
品のいい所作事がようよう映える自分の手を
妹分の手の上、そおと覆いかぶせるようにして重ねており。
ハッとした黒の姫女が赤くなりつつあるお顔をそちらへ向ければ、
柔らかく細められた目許も嫋やかに、
姉様が豊かな髪をゆるゆるゆすってゆっくりとかぶりを振って見せ、
「オフなのでしょう? そうまでトゲトゲ警戒しないの。」
「……はい。」
丁度お昼時でもあり、周囲の気配もランチや同伴者へ向いているものばかり。
一般人でないなら気づきもするやもしれないが、
だとしても、そこまでの事情通ならならで、
気づいたことがこちらへ届けば あっさり口封じをされるのがオチだということまで判っている筈だ。
そうまでの実力者が何をして恐れる必要があろうよと、
いやいや そこまで傲慢な雰囲気ではなく、
__ だっていうのに 何をそのように過剰に警戒しているの?
という含みを持たせた囁きを届けてくださったわけで。
これがあの白虎のお嬢さんとの逢瀬であれば、
わざわざ言われずとも落ち着いて対処していたはずなのにね。
そうまで混乱し、緊張しているのだとあらためて気づかされもする。だって、
“……。//////////”
小声での会話なせいか ややその身をテーブルに伏せるように倒した姉様からの、
低められたお声が 耳からそのまま胸まですべり込んできてドキドキする。
ちょっぴり伏し目がちになっているせいで、
長い睫毛がけぶるように印象的な双眸に掛かる微笑の なんと蠱惑的なことか。
柔らかな笑みはこちらの装いを改めて見やっていてのそれらしく、
「せっかくそんな可愛らしいカッコしてるんだしvv」
「あ、いえその…。////////」
パッと見、休日の文系女子大生風という自分のいでたちは単なる擬態もどき。
あくまでも街の雑踏に溶け込むことが主眼目のそれで、
所謂おしゃれとかおめかしとは動機が違う。
それでも可愛いと言われたのは嬉しかったか、ほのかに口許がほころんでしまい、
心持ちも何とはなく落ち着いて、
出されていたレモン水へ口を付けるまでの余裕も出た禍狗姫。
ほうと細い息をつき、
“……。”
何ということもなく向かいにおわす相手へと視線が向いて。
麻の幌が軒に掛かった小じゃれたカフェの窓辺の席から
初夏の街並みを眺めやる御師様の横顔に ついついつい見惚れる。
何の先入感もなく目に入ったなら、まずは声もなく見とれよう美貌である。
同性なら 美人だけれど でもでも…と何とかアラを探そうとするかもしれない、
自分大好きな異性なら高嶺の花とは思わずに図々しくも寄ってくるかもしれないが、
それにしたって 普通一般という等級から余裕で飛びぬけている存在だからこそのそれであって。
___ そんな風貌であることもこの人には意味がないものか。
あまりに飄々としているものだから、ついのこととてそんな風に思ってしまうが、
実際のところは さにあらん。
聞き込みじゃ何じゃという折はそれは巧みに なよやかな手弱女を装ったりもするし、
同性相手の場合は そりゃあ頼もしい姐さん気質を押し出して見せたり、
男って馬鹿よねぇなんて種の女丈夫ぶりを目の当たりで展開して信頼をもぎ取ったりする場面で、
艶に若しくは凛として颯爽と見せるための道具立てとして、
端正な風貌もそりゃあ効果的に活用なさっておいでだから、
利用に足るものという把握はしているらしい。
“…そうであろうよな。”
マフィアになるために生まれたような女だとか、
彼女の敵の最大の不幸は 他でもないこの女を敵に回したことだとか、
さすがは歴代最年少の18歳で五大幹部に昇格した人物と
恐れられ、はたまた不気味がられていた彼女だが、
世界中という範疇でも比類のない
“異能無効化”というチ―トな異能を保持しつつも、
打撃や銃弾などという非異能には抗しがたい身。
なので なのか、それともそっちが本領か、
恐るべきレベルの知能と記憶力、観察眼を持っており。
膂力は大したことないけれど、
それでも乱闘に巻き込まれても 余裕で身を躱す瞬発力や勘も秀逸、
物理的な修羅場も身軽な立ち回りでもって 余裕で回避できる食わせ者。
それらをカモフラージュするためか、
現今の職や生活においては、昼行燈の干物女を装っているというところらしいが、
古巣の人間と接する折は、かつての昏い貌になって威圧を振りまく鬼っぷりも健在…と来て。
この人ほど見かけによらない逸物もいないのじゃあなかろうか。
何より、まずは負けを知らない。
最後には引っ繰り返せる仕掛けを伏せていて、どんでん返しで虚をつく策も得手であり、
そんな〆へ導く途中経過にてはその身を危険にさらしもする、そういう大胆なところは剛胆ともいえる。
どんな土壇場でもあっさり引っ繰り返せる周到さは もはや神がかりと言ってよく、
あの史上最凶とも言われた
地下組織の盗賊団「死の家の鼠」頭目にして、殺人結社「天人五衰」の構成員、
フョードル・ドストエフスキーと唯一渡り合える 知恵と知識を、
大胆不敵にして狡猾にも存分に発揮できた唯一の猛者でもある。
巨悪への対峙は勿論だが、それ以外のいわゆる日常においても、
親しければ親しいほど、油断のならないという ややこしいお人で。
社交辞令で鎧う必要がない相手へほど それは我儘で、
しかも頭脳派なのでとんでもなく周到な報復も打って来る。
ので…とつなぐのはちょっと短絡かも知れないが、
元相棒であるあの重力使いの五大幹部殿も、
悪態をつきつつ、蛇蝎の如く嫌いつつ、
それでも気がつけば 呼び出しにも応じるし、いいように使われてもいるわけで。
……と、
このお人に関しては、悪魔のようなとか甘く見ていては火傷をするとか、
さんざんな評が多いし、事実そういう武勇伝や悪評がいくらでも出て来る経歴の主だが
その実、ただの不器用なのではないかと、あの中也が時々零してもいて。
『言いたかないが…。』
あれだけの美人で、実際 意識せずとも異性のみならず同性でさえ見惚れる風貌な上に、
諸事万端スマートにこなせて、
人の機微にも理解はあるところを生かせば、いくらでも好感ばかりを引き寄せられようし、
実際そういう素振りで相手を巧みに制御下に置き、
“色”と呼ばれるような際どい手管を使うまでもなく 潜入任務や諜報活動も楽勝でこなしていたくせに。
別れ際になると、わざわざ自身が心にもない擦り寄りをしたのだと公言したり、
相手の弱みを大々的に暴いたりしては憎まれるように持ってゆくケースも結構あって。
不要なおまけ、下手すると要らない後顧の憂いにだってなり得るのに、
何でそんな余計なことまでするものか。
相手が地団太踏むのを見るのが爽快だ、
そのためにこそ したくもない我慢をするのが奸計の醍醐味だなんて言ってるが、
その実、泣き寝入りした存在の分も意趣返しをしているのではないか、
弱いものがそれ以上痛めつけられないよう、快哉の顔に気付かれないよう、
強かな自分が憎まれ役を引っかぶっているんじゃあないかと思うこともあるそうで。
『肝心なことを何一つこぼさず、危険なことや辛いことほど一人で抱えて。
憎まれ役になってでもいいからと、
水臭いほど一人で片づけようとなさるのを、我らとてちゃんと知っているのですよ?』
黒の姫にしてもいつぞや我慢しかねて直接口にしたこともある。
『そこからは入って来るな踏み込むなと制されているのがどれほど歯がゆいかっ。』
行き過ぎた“独善”をしようものなら、一人で背負うなと叱咤までして。
その挙句には、
『僕がそれを望んでいいのなら、
僕は他の誰でもない貴方と幸せになりたい。』
ああそうだった。今のこのそれは贅沢な親しみの切っ掛けは、
自分から踏み出したことで得られたのだったと思い出す。
姉様がご自慢の手管にて狡くも言わせたのではなく、
そうしなければ今生ずっと、
その手を後ろ手にしたまま、抱きしめてはくれないと思ったからで。
「……? どうかした?」
ついつい姉様のお顔を見やってしまうのはいつものことだが、
今はちょっぴり寂しげな感慨を含んでいてしまったようで。
こちらの乏しい表情をそれでも的確に把握してくださる御師様へ、
「いえ…。」
懐を開いてくれればくれたで、
難事へ巻き込まないよう、狡知を構えて遠ざけられてしまうかも知れない、
そんなややこしいやさしさをも持つお人。
飛びぬけた賢さからの先読みに長け、
好いた人ほど大事にしたくてとそんな水臭いことをする…と
少なくはない人々から把握されてもいるお人。
大事な存在だと思われない方がいいものか、
だがだが今になって つれなくされていた頃に戻るのはつらい…と、
今の今、その崇拝する姉様の間近に居ながら、
贅沢な至福に複雑にも煩悶してしまう黒獣の姫だったりするのだった。
to be continued.(19.05.28.〜)
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*文中に出てきたやり取りは原作からじゃあなくって
既作品『アダムとイブの昔より』の最後あたりの口喧嘩から持って来ました、すいません。
センシティヴな話はやっぱり不得手で、
相変わらずくどくどと並べる癖も治りませんが、男の太宰さんと微妙に違うというの書きたくて。
でも、結論として大切なものを守るためであればあるほど
水臭いお姉さまだってことで落ち着いてる芸なしです。とほほ。

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